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【書評】

アイン・ランド『利己主義という気概』藤森かよこ訳、ビジネス社2008.12.

森村進編著『リバタリアニズムの多面体』勁草書房2009.1.

『東洋経済』2009411日、140.

 

 Hashimoto Tsutomu

 


 

 世の中不況である。市場原理主義者たちはきっと肩身の狭い思いをしているにちがいない。だがそんな御時世、暗雲たる空気を破るような、リバタリアニズム(自由至上主義)の好著が相次いで現れた。

 『水源』や『肩をすくめるアトラス』などで知られるアメリカの大衆作家アイン・ランドは、筋金入りの自由至上主義者でもあるが、近著『利己主義という気概』は、その彼女の思想信条を結晶化したエッセイ集。

 気概とは美徳=卓越(virtue)の別訳で、ランドは利己的に生きることが「美徳」であるという。利己主義が倫理的だなんて、誰も正面から言わないだろう。けれどもこの世の中で生きるための指針は、圧倒的にエゴイズムに根ざしているのではないか。

 例えば「邪悪な心」を克服するとして、私たちはこれを利他主義によって手なずけるよりも、むしろその欲動を、卓越した行動力や創造力へと高めていくことができるだろう。自分の命を「かけがえのない」と感じるなら、生きることに徹底して強欲でなければならない。それがランドの教える倫理なのだ。

 ところが利他的な人は、自分を大切にしないがゆえに、他人を大切にすることができない。また道徳的に中立的だという人も、ただ責任を回避しているにすぎない。偽善を排して言えば、愛も利己的なものだ、とランドは喝破する。

 対して『リバタリアニズムの多面体』は、ポーランドで開催された世界会議ワークショップの記録で、同思想の最前線を伝える好著。これを読むと、日本人のリバタリアンたちが、世界的にみて遜色のないオリジナルな思想を展開していることに、驚きを覚えるだろう。

 例えば森村進は、通常のリバタリアンとは反対に、死後の遺産については相続税を百%課してもかまわないという。意表を突いた発想だが、論理は周到で、国家を相続税で運営すれば個人主義を貫徹できると主張する。

 他にも珠玉の論稿が並ぶ中、ラスムッセンのアマルティア・セン批判は秀逸。センの潜在能力論は結局、体制理念としては「なんでもあり」に近く、国外の知識に通じたエリート官僚によって体制を正当化してしまう。それは原理を重んじるリバタリアンとは正反対の思考なのだ。

 

橋本努(北海道大准教授)